いえケア 編集部
在宅介護の総合プラットフォームいえケアです。
いえケア編集部では主任介護支援専門員としての地域包括支援センター相談員や居宅介護支援事業所管理者などの介護分野での経験を活かし、在宅介護に役立つ記事を作成しております。
1. 転倒は「偶然起きる」ものなのか?
転倒は高齢者にとって命に関わる重大な問題です。
海外の調査データによると、65歳以上の高齢者の3人に1人が年に1回以上転倒を経験しているといわれています(※1)。このような転倒は、骨折や入院を引き起こし、その結果、要介護状態につながることもあります。特に大腿骨頸部骨折などの重篤なケースでは、寝たきりになるリスクが高まります。
転倒は「不注意だから仕方がない」「年だから仕方ない」と考える方もいます。転倒はロシアンルーレットのように、たまたま偶然に起きる防ぎようのない事故なのでしょうか。「ラブストーリーは突然に」ならぬ「転倒骨折は突然に」でやってくるものなんでしょうか(古い)?
実は大きな転倒事故の前には、小さなふらつきやつまづきなど、事故につながりかねないような小さな出来事があります。このような小さなエラーにも、何も反省や対処をしないことで、重大事故につながります。大きな重大事故の陰には重大事故に至らなかった29件の軽微な事故と、300件のヒヤリハットがあると言われます(ハインリッヒの法則 ※2)。転倒事故が繰り返される状況でも、それが偶然だと言えるのでしょうか。
転倒は、原因を特定し、予防することが可能です。この記事では、転倒の原因を解明し、高齢者やその家族がすぐに取り組める具体的な対策を紹介します。
2. 高齢者が転倒しやすい原因とは?
高齢者が転倒する背景には、身体的な問題だけでなく、環境や心理的な影響も大きく関わっています。これらを深く理解することで、より効果的な対策を講じることができます。
2-1. 身体的な要因
高齢者が転倒しやすい理由の大部分は、身体の変化に由来します。
- 筋力やバランス能力の低下
加齢に伴い、脚や体幹の筋力が低下することで、立ち上がりや歩行が不安定になります。特に腸腰筋や大腿四頭筋が弱まると、足を持ち上げる力が不足し、ほんのわずかな段差や障害物にさえつまずきやすくなります。また、体幹の筋力が低下すると、転びそうになったときに姿勢を立て直す能力が弱まるため、倒れ込みやすくなります。足の指で地面をつかむ力が衰えると、踏ん張ることやけりだす力が弱くなります。握力が低下で手すりなどの支持物をつかみ損ねることなど、筋力の低下は転倒のリスクを大きくします。 - 関節可動域の制限
高齢者は膝や股関節の柔軟性が低下することが多く、足を持ち上げる動作が制限されます。変形性膝関節症や股関節症のような疾患に伴う痛みも、歩行をぎこちなくする原因です。関節拘縮や麻痺などが動作を困難にする場合もあります。 - 神経系の問題
糖尿病性ニューロパチーや脳卒中の後遺症がある場合、足の動きを適切にコントロールすることが難しくなります。また、パーキンソン病などの神経疾患では、小刻み歩行や足を引きずる動作が見られ、転倒リスクがさらに高まります。神経系の問題があると姿勢が崩れた時の反射などにも支障があります。 - 視覚・聴覚の衰え
高齢者は暗い場所や明暗差のある場所で視界がぼやけやすく、小さな障害物に気づけないことが多いです。視野の欠損や半側空間無視などにより視界が狭まり、障害物にぶつかることなどもあります。また、聴覚が低下すると危険を知らせる音に気づけないため、反応が遅れます。
2-2. 環境的な要因
高齢者の日常生活環境が整備されていない場合、わずかな不備が転倒の引き金になります。
- 自宅内の障害物や段差
若年者であれば小さな段差や電気コードを反射的に回避できますが、高齢者は足を持ち上げる力が弱まり、引っかかりやすくなります。また、注意力が低下している場合、カーペットの端などに気づかずにつまずくことが多いです。 - 滑りやすい床や不適切な照明
特に浴室や台所では床が濡れていることが多く、靴底が滑りやすくなります。また、夜間に薄暗い照明の下で動く際、視覚の衰えにより障害物や段差に気づかないことがあります。 - 不適切な履物
サイズの合わない靴や滑り止めのないスリッパは、足が不安定になり、転倒を引き起こす可能性があります。足の浮腫みによって靴がきつくなり、歩行が困難になる場合もあります。
2-3. 心理的な要因
心理的な影響も転倒リスクを高める要因のひとつです。
- 転倒経験による「転倒不安」
過去の転倒がトラウマとなり、「また転んでしまうかもしれない」という恐怖心が動作を慎重にしすぎる原因となります。その結果、不自然な動きやぎこちない動きになり、バランスを崩すことにつながります。 - 外出頻度の減少が招く活動量低下
転倒への恐怖から外出を控えるようになると、筋力やバランス能力がさらに低下し、リスクが増幅します。外出しなくなる>運動量が減る>筋力が低下する>転倒する>外出しなくなる・・・という悪循環が続きます。こうした負の連鎖に陥る高齢者も少なくありません。
3. 転倒がもたらすリスクとは?
高齢者にとって転倒は、単なる怪我では済まない深刻な問題です。その後の生活に多大な影響を及ぼし、場合によっては命に関わることもあります。以下に転倒がもたらす主なリスクを詳しく解説します。
3-1. 転倒によって直接的な影響を及ぼす重大事故
骨折や打撲の危険性
高齢者の転倒で3人に2人が怪我をし、そのうち約5%が骨折に至ると言われています。特に大腿骨頸部骨折は、高齢者にとって最も深刻な怪我のひとつです。この骨折は、寝たきりや要介護状態に直結する可能性が高く、長期の入院やリハビリが必要となる場合もあります。
頭部外傷や脳卒中のリスク
転倒時に頭部を強打した場合、硬膜下血腫や脳卒中を引き起こすことがあります。これらの障害は気づかれにくいことも多く、早期治療が遅れると命に関わる事態に発展する可能性があります。
これらのパターンは特に重大な影響を与えます。高齢者が介護が必要になる原因ランキングでは、転倒が3位にランクインしていますが、転倒や骨折は一気に要介護4や要介護5になる可能性が高いと言われています。また、特に女性は骨密度も低いことから、転倒が骨折につながりやすく、男性よりも女性のほうが転倒で要介護になる方の割合が高いです。
3-2. 転倒から始まる「負の循環」
転倒は身体的な怪我だけでなく、心理的・社会的な悪影響を連鎖的に引き起こします。この「負の循環」を理解することが重要です。
- 外出頻度の減少
転倒後、「また転ぶかもしれない」という恐怖心から外出を控える高齢者は少なくありません。これにより、日常的な運動量が減少し、筋力やバランス能力がさらに衰えます。 - 筋力やバランス能力の低下
運動不足は筋力の低下だけでなく、バランス感覚の喪失にもつながります。この結果、さらに転倒しやすい体になってしまいます。 - 心理的不安の増大
転倒経験がトラウマとなり、「慎重になりすぎる動作」や「自信の喪失」を招きます。ぎこちない動作が逆にバランスを崩しやすくすることもあります。 - 社会的孤立
外出の減少や心理的不安が進行すると、家族や地域社会とのつながりが薄れていきます。これにより、孤立感が深まり、うつ病などのリスクが高まります。
3-3. 転倒リスクを軽視する危険性
高齢者本人や家族が転倒リスクを軽視してしまうことは、大きな危険を伴います。
- 「まだ自分は大丈夫」と考えて予防策を講じない。
- 転倒が単なる偶然や不注意によるものと捉え、根本的な原因を見過ごす。
このような意識不足が、転倒の再発や重症化を引き起こします。対策は「早期」が鍵です。
転倒のリスクを軽減するためには、原因を特定し、環境整備や運動習慣の導入が必要です。
4. 高齢者の転倒を防ぐ具体的な方法
高齢者の転倒を防ぐためには、身体的なアプローチだけでなく、環境整備や心理面のサポートを含む包括的な対策が必要です。ここでは、実践しやすい具体的な方法を解説します。
4-1. 転倒予防のための運動
筋力強化とバランス能力向上の運動
- 椅子からの立ち座り運動
太ももの筋力(大腿四頭筋)を鍛えるシンプルな運動です。椅子に座った状態からゆっくりと立ち上がり、再び座る動作を繰り返します。これにより、歩行時の安定性が向上します。 - 片脚立ち運動
バランス能力を高めるための運動です。手すりや壁に手を添えながら片脚で立つ練習を行い、徐々に手を離していきます。最初は数秒から始め、慣れたら30秒を目指します。 - 認知運動(頭と体を使った運動)
例えば、ボールをキャッチしながら計算問題を解く運動など、認知機能と身体機能を同時に鍛えることができます。これにより、注意力とバランス感覚を同時に向上させることが可能です。
4-2. 環境整備の重要性
自宅内の安全対策
- バリアフリー化
手すりの設置や段差の解消、滑り止めマットの利用など、自宅内を高齢者が安全に歩行できる環境に整備します。 - 整理整頓
電気コードやカーペットの端など、足元の障害物を排除します。また、家具の配置を見直し、動線を広く確保します。 - 照明の改善
夜間の転倒を防ぐために、センサーライトや明るい照明を設置し、暗い場所を減らします。
適切な履物の選択
- 足にフィットする靴を選びます。靴底は滑りにくい素材で、足をしっかり固定できるものが理想です。スリッパを使う場合も、滑り止めがついているものを選ぶことが重要です。
4-3. 食事と栄養の改善
転倒予防に役立つ栄養素
- カルシウムとビタミンD
骨密度を保ち、骨折リスクを軽減します。牛乳、ヨーグルト、小魚、きのこ類などを積極的に摂取しましょう。 - たんぱく質
筋肉量を維持するために必要です。肉、魚、大豆製品、卵などが良い供給源です。
水分補給の重要性
- 脱水症状は筋肉の痙攣や立ちくらみを引き起こし、転倒につながる場合があります。適切な水分補給を心がけましょう。
4-4. 心理的アプローチ
転倒への恐怖心を和らげる
- 成功体験を積む
小さな運動や活動を通じて「できる」という自信を回復させることが大切です。 - 周囲の支援
家族や介護者が温かく励ましながら見守ることで、安心感を与えることができます。
社会的交流の促進
- 地域の体操教室や転倒予防講座に参加することで、他の高齢者と交流しながら転倒リスクを軽減できます。
運動、環境整備、栄養改善のうち、まずは自宅で簡単に取り組めることを始めてみてください。
5. 転倒リスクをセルフチェック!
転倒リスクを知るためには、まず自身の現状を正確に把握することが重要です。以下の簡単なチェックリストを使って、転倒リスクのセルフチェックを行いましょう。
チェックリスト
以下の質問に「はい」または「いいえ」で答えてください。
- 過去1年に転倒したことがある
- 椅子から立ち上がるとき、手を使わないとふらつく
- 歩行速度が遅くなったと感じている
- 杖や歩行補助具を日常的に使用している
- 視力が低下し、障害物に気づきにくいと感じる
- 筋力トレーニングや運動をほとんどしていない
- 夜間、暗い廊下で移動することに不安を感じる
- 家の中に段差や滑りやすい床がある
結果の見方
- 「はい」が2つ以下: 転倒リスクは比較的低い状態です。現在の健康状態を維持しながら、定期的な運動や環境整備を続けましょう。
- 「はい」が3〜5つ: 転倒リスクが中程度です。環境の見直しや、転倒予防のための運動を始めることをおすすめします。
- 「はい」が6つ以上: 転倒リスクが高い状態です。ケアマネジャーや地域包括支援センター等と相談し、サービスの利用を含めた転倒予防に取り組みましょう。
チェックリストを活用した次のステップ
- リスクが高い場合は、家族や介護者と相談しながら、環境整備や運動プログラムの導入を進めてください。
- 転倒予防グッズ(滑り止めマットや杖など)の活用も効果的です。
- 地域の介護支援センターや転倒予防講座を活用し、専門的なアドバイスを受けることを検討してください。
6. 実際の事例から学ぶ転倒予防の成功例
転倒リスクを抱える高齢者がどのような課題に直面し、それをどう乗り越えたのか。ここでは、具体的な事例を通じて成功の秘訣を学びます。
事例1: 認知症の進行と視力低下により頻繁に転倒していたAさん
82歳のAさんは、軽度認知症を患い、視力も低下していました。家族は日中仕事があり、見守りが十分にできない状況でした。Aさんは暗い場所で段差に気づけず、1年間で3回転倒。そのうち1回は手首を骨折し、入院。退院後も左手を自由に使えず、リハビリをしながらの生活を余儀なくされました。
- 家族の取り組み:
- センサー付き照明を廊下やトイレに設置。
- 見守りセンサーを活用し、夜間の行動を把握。
- ケアマネージャーの助言を受け、自宅の寝室・廊下・トイレに手すりを取り付け。
- 結果:
Aさんの転倒頻度は大幅に減少し、家族も安心して日中の仕事に集中できるようになりました。
事例2: 筋力低下と膝関節症で外出を控えていたBさん
76歳のBさんは、変形性膝関節症を患い、膝の痛みから外出を避けるようになりました。これにより、筋力が低下し、自宅内で転倒を繰り返すようになりました。娘さんが心配し、地域包括支援センターに相談に行きました。
- 解決策:
- 地域包括支援センターが開催する転倒骨折予防教室に参加。講師だった理学療法士の指導で「膝に負担をかけない筋力トレーニング」を実践。
- 膝の痛みの少ないときには外出する習慣を持つ。
- 近所の知人が開催するサロンに定期的に参加するようになる。
- 結果:
痛みが軽減し、Bさんは再び買い物や友人との交流を楽しむようになりました。「歩ける自信が戻った」と語っています。
事例3: 転倒の不安に悩むDさんとその家族のサポート
85歳のDさんは、大腿骨頸部骨折の経験から転倒への不安を抱え、外出を控えていました。家族は介護負担が増え、精神的にも疲弊していました。地域包括支援センターの提案を受け、Dさんは通所リハビリテーションのサービスを受けることに。
- 対応策:
- リハビリ施設での段階的な歩行訓練を開始。
- リハビリ施設の理学療法士の勧めで歩行補助杖の利用を開始。杖の使い方の指導を受け、外出練習も開始。
- 血液検査の結果、アルブミン値が極端に低いことが判明。低栄養を改善するため、栄養士の助言のもと、転倒予防に役立つ食事メニューを導入。
- 結果:
転倒への恐怖が薄れ、Dさんは庭での散歩を再開。家族は精神的な負担が軽減され、笑顔が増えました。
事例から学ぶポイント
- 個別の状況に合わせた対応が必要: 認知症、筋力低下、低栄養、心理的要因など、それぞれの状況に適した解決策を講じることが重要です。
- 家族の関与と専門家の助言が鍵: 家族の見守りや支援、理学療法士やケアマネージャーの助言が、転倒リスク軽減に大きな効果を発揮します。
- 生活の質を取り戻すことが可能: 適切な対策により、高齢者は再び自信を持って生活を楽しむことができます。
7. 転倒骨折を防ぐためにできること
高齢者の転倒は、身体的な筋力低下や視覚・聴覚の衰え、さらには心理的な要因や環境の不備が複雑に絡み合う問題です。これらの要因が放置されると、転倒による骨折や要介護状態への移行、さらに社会的孤立のリスクを引き起こします。しかし、原因を正しく理解し、適切な対策を講じることで、転倒リスクを大幅に減らすことが可能です。
まず、自宅環境を整備することから始めましょう。例えば、段差を解消したり滑りやすい床を改善したりすることで、転倒のリスクを劇的に減らせます。また、安全な履物の選択も重要です。次に、日常的に運動を取り入れることを意識してください。椅子からの立ち座り運動や片脚立ちなどの簡単な運動は、筋力とバランス感覚を効果的に向上させます。さらに、栄養バランスの取れた食事や十分な水分補給も、体の基礎的な健康を支える重要な要素です。
最後に、理学療法士やケアマネージャーなどの専門家に相談することをおすすめします。専門家のアドバイスを取り入れることで、個別の状況に応じた最適な対策を講じることができます。小さな改善が積み重なれば、大きな結果につながります。ぜひ今日からできることに取り組み、転倒のリスクを減らしていきましょう。
【参考文献】
この記事を執筆・編集したのは
いえケア 編集部
在宅介護の総合プラットフォームいえケアです。
いえケア編集部では主任介護支援専門員としての地域包括支援センター相談員や居宅介護支援事業所管理者などの介護分野での経験を活かし、在宅介護に役立つ記事を作成しております。
(運営会社:株式会社ユニバーサルスペース)
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